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生没年 1833年8月11日〜1877年5月26日
身長 174cm
出身地 山口県萩市

木戸孝允の生涯

  • 1833年8月11日 長門国萩城下呉服町(今の山口県萩市)に藩医・和田昌景の長男として生まれる。

  • 1840年 7歳で向かいの桂家の末期養子となり、長州藩の大組士という武士の身分と禄を得る。

  • 少年時代は病弱でありながら、他方でいたずら好きの悪童でもあり萩城下の松本川を行き来する船を船頭ごと転覆させるいたずらに熱中していた。

  • 1848年 元服して「和田小五郎」から「桂小五郎」となり、実父に「元が武士でない以上、人一倍武士になるよう粉骨精進せねばならぬ」と言われ、それ以降は剣術修行に人一倍精を出して腕を上げ実力を認められる。

  • 江戸では、三大道場の一つ、練兵館に入門し、新太郎の指南を受ける。

  • 剣術指導を行い、近藤勇から「恐ろしい以上、手も足も出なかったのが桂小五郎だ」と言われた剣豪。

  • 有名な池田屋事件では、池田屋へ一番早く行ったがまだ同志が集まっていなかったため近くの対馬藩邸へ行っていたため、小五郎は運よく難を逃れた。

  • 1866年 坂本龍馬の斡旋で薩長同盟を締結。翌年の第二次征長戦にて幕府軍を退け、大政奉還を得て後、長州藩の復権に成功。薩長主導による武力倒幕を成し遂げ、新政府を樹立する

  • 新政府では、総裁局顧問、外国事務係、参与となり「五箇条の御誓文」の起草に参画し大久保らとともに版籍奉還の実現に尽力する。

  • 1868年8月に、芸妓の幾松(後の木戸松子)と正式に婚約した。

  • 1871年 西郷隆盛とともに参議になると、政府要職を薩長の人材で独占、廃藩置県を断行

  • 同年9月 岩倉使節団の副使として欧米に歴訪するなどするが、そのあとは大久保による独裁体制の政局に不満を抱き、次第に政府中枢から遠ざかっていくことになる。長年の心労で心の病を患っていたようである。

  • 1877年 西南戦争の最中、かねてから患っていた病気が重症化。天皇の見舞いも受ける

  • 同年5月26日、京都の別邸で意識が朦朧とする中、駆けつけた大久保利通の手を握り絞め、「西郷、いいかげんにせんか」という明治政府と西郷隆盛の両方を案じる言葉を発したのを最後にこの世を去ったと言われている。
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